恋は遙かに綺羅星のごとく

        Euph.作


●壱章 文芸部よ、高専健児の鑑たれ――彼方の場合

  主人公はどこにでもいるしがない青年だった。
  とある夏。
  親しい仲間と共に故郷の島に遊びに来ていた青年は沖に流されていたボートを発見する。 ボートには一人の少女、「ユリ」が倒れていた。
  介抱する少年。命を取り留めた少女、ユリ。
  ユリは岬の上の洋館に住む、地方華族の娘だった。
  自然と惹かれ合った二人は眩しい夏の日差しの中、印象的な時間を過ごす。
  そのゆっくりとした時間の終わりに、身分を超えた、その先まで考え出す二人――。
  しかし。
  出会いがあれば別れがあった。
  そして、それは突然に――。
  帝国軍の秘密兵器である試作人型汎用兵器、バスタードハタモトが現れたのだ。
  バスタードハタモトから聞こえてくる声。
光源氏。
ユリの館に数日前に現れた、女たらしの華族のドラ息子。
有形無形に脅迫を繰り返す彼の要求に、ついにユリは心折れた。
主人公に危害を加える、その一言が彼女から闘志を奪い去っていたのだ。

そして、それっきりユリは主人公の前から姿を消してしまった――。



皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾六日 金曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室

『トバリ! ――来ちゃダメ!』
『ユリ、行くな!』
 ――ユリが泣いている。
 ――ユリの言葉。アレは、アレは決してユリの本心じゃない!!
『トバリ!!』
『アーッハッハッハッハ! どうしたクソ虫! 虫ケラの分際でなにが出来る。――立場をわきまえるのだな!?』
 俺の目の前にそびえ立つ鋼鉄の巨人、帝国軍の試作人型汎用兵器『バスタードハタモト』の外部スピーカーから憎きあの男、恋敵たる光源氏の声が聞こえた。
 ――あいつ、いったいどこからこんなデカブツを!
『おっと、誰が動いて良いと言った!?』
 ダダダダダダダ!
 36mmチェーンガンの唸る音。
 地面が砕け、弾け飛ぶ。
 その瓦礫は容赦なく俺の全身を撃った。
『う、ッくぅ!』
 痛い痛い、全身が痛む。もはや何処を打ちつけたのかもわからない。
『きゃぁあああああああああああ!! トバリ!! トバリーーーー!!?』
 ユリの絶叫が響き渡る。
『んーーーー!? 死んだか!? ―もしかして、プチっと逝ってしまったかぁ!? アッーハハハハハハ!』
 ――俺は負けない、誰が光源氏なんかに、あんな外道にユリを!! 薄れ往く意識の中、俺は最後までユリの事を思い続けた。
『ほぅ? 以外だなクソ虫。――だが、もうこれで終わり――』
『止めて! お願い、止めて止めて!! ……する、何でもするわ! 言うことも聞きます! だから、もう止めて、お願いよ!!』
『聞いたか? 聞きましたかクソ虫! ユリが、お前のユリ姫が――遂に落ちたぞ。遂に俺のものになったんだ! アッーハハハハハハ! クソ虫、悪いな、あそこまで言われちゃぁ俺としても引かないわけにも行かないな。――あ、そうだ。クソ虫、――お前はもう用済みだ。帰って良いぞ?――何処へなりともな!! アッーハハハハ! アッーハハハハハハ!!』
『ユ、ユリ……』

 画面がフェードアウトしてゆく。
 暗闇の中、主人公トバリのモノローグが響く。 
  俺は、何もできなかった。
  結局、指一本、ユリに触れることも叶わず。
  光源氏に一矢報いることすら、――出来なかったんだ。
  俺は、最低だ――。
 主題歌の演奏が始まり、スタッフロールが流れ始める。
 ――シナリオ オロシ味ポン、とあった。
 たしかこの『オロシ味ポン』と言う名前こそ、この作品を作ったときの父のペンネームだったと記憶している――。