DDS15周年記念SS02 - 平沢編 -

        Euph.作

 銃声が、銃声が、銃声が。
 戦車や装甲車の前面装甲でもぶち抜きそうな重い銃声が連続して聞こえる。
 次いでバタバタと、敵歩兵の倒れる音。

「敵分断成功」

 重機関銃を構え、スコープを覗き込み続ける少女が呟く。
 そしてそんな彼女を置いて、前線へ飛び出す黒づくめが一人。
 立ち向かうのは、物言わぬ肉塊とならずに済んだ、悪運の強いオーク鬼達。
 その深緑の肌が黒ずくめの男に立ち塞がる壁となる。

「ほあたぁッ!」

 黒服に精悍な肉体を包んだ男、平沢は敵の間合いに踏み込むや、
 気功で固めた指先を肉達磨な肉体のオーク鬼の眉間を打ち抜く。
 次なるは平沢の回し蹴り。華麗に決まってオーク鬼の眉間から
 人差し指が抜ける。同時にかすかに赤い血の筋が平沢とオーク鬼を繋いだ。
 もみ潰せとばかりに手斧を片手に押し寄せるオーク鬼。
 しかし平沢は優雅かつ華麗に体を回す。

「アグッ!」
「うべッ!?」
「グラバッ!」

 オーク鬼の短い呻き。
 途切れの無い円運動と、オーク鬼の体の各所を指で突いて回る平沢。
 そして、数秒後にオーク鬼の体は内部から四散した。

「ふーう」

 構えが戻る。そしてそんな平沢の呼吸に乱れは無い。
 そんな彼は、相棒に向かい口を開いた。

「ジョン」

 平沢の黒髪が汗に濡れ、眼が細まる。
 すると、髪を金色に染めた中華系……ジョンが振り返った。

「怪我はあるか?」
「まさか。ブリジットの振るう重機関銃の乱射の中に飛び込んで、
 傷一つも負わずに蟷螂拳を披露する平沢さんに意見するなんてありえませんよ」
「だろうな。お前は楽をしすぎだ」
「でしょうね、実に今の戦闘、僕は何もしていませんから。僕、頭脳派でして。
 特に遭遇戦なんて、肉体派の平沢さんや脳筋女神のブリジットにお任せですよ」
 
 ジョンが両の掌を上向きにし、天にかざしてやれやれと示した。
 でも、眼が笑ってない。
 
「ジョン、油断……うんん? そうじゃない。ジョンってば演技巧い」

 と零したのは、銃身の焼けた重機関銃に熱くは無いのか、その細く小柄な体を預けたゴスロリ少女、ブリジットである。

 ◇

 香ばしい──食欲をくすぐる匂いが漂う一角。
 それは元環状線の高架下。
 そこで廃材を燃やし暖を獲る一団があった。

「今日も缶詰かよ」

 平沢がぼやく。手には鯨の大和煮。

「アクマの肉は食べられませんからね」
「ジョン、そうか? ……アクマ人間とやらはアクマの肉を食うどころか
 アクマと合体していると言うぜ? なあ、ブリジット」

 乾パンに齧りついていた少女、ブリジットは面を上げた。

「ん? ヴィクトルにでも聞いてみれば? んぐんぐ」

 と、答えつつ、乾パンを奥歯で噛み砕く。

「カオスヒーローですか。都市伝説ですね」
「ロウヒーロー、ってのもどこかに居たりするのかもな」
「またまた平沢さん、それこそ都市伝説ですよ! 僕はメシアのお守だけで手が一杯です」

 平沢の目に浮かぶのは眼鏡の小柄な女の子。

「明日香嬢か」
「そーそー。明日香様だよ?」
「お分かりなら話も早い。って、平沢さんこそ一時たりとも
 明日香ちゃんの事を忘れませんね?」
「最重要保護対象だからな。それに今となっては背中を預ける仲間でもある」
「仲間、ですか」
「そうだぜジョン。お前の仲間でもある。いい加減明日香嬢の前では
 警戒を解け。……疲れるだけだぞ?」
「でも、明日香嬢に敵は多いです」

 ジョンの声が細る。そんな相棒を見て、平沢はゆっくりと告げた。

「なあに、そのための嬢ちゃん、そのためのサイコブリザードさ!」

 明日香、渡辺明日香。そのPK能力は凄まじい。
 ジョンの視線が焚き火に落ちる。

「ヒーホーの居た倉庫から持って来た肉、明日香ちゃんたちへのお土産で?」
「そうさ。今は銃弾と食料、そしてガソリンと水が命だ。土産物にはちょうど良いだろ?」
「ねえ平沢さん、僕たちだけで肉食いましょうよ。肉、そんなに量もありませんし」
「ダメだ。子供達に食わせる」
「どうして?」
「子供達にかつては簡単に肉が食えた事を思い出としてもらうためさ」
「思い出?」
「美味かった飯、好きだった人の声、育て親から受けた優しさ。
 これらは遠い未来、きっと何歳になんても忘れねぇ」
「……平沢さん……」

 ジョンの顔からニヤケ気味の皮肉は消えていた。

「少なくとも、俺を食わせてくれた大人(たいじん)のくれた飯の数々は覚えている。
 そして、その時かけられた優しい言葉も」

「ヒラサワ?」

 ブリジットも暫し乾パンを食べるのを止める。
 
「だから、俺も同じように保護対象には優しくするのさ。
 受けた恩は、俺に続く者に託す。それで良いだろ?」

 平沢はようじで歯の隙間を弄る。
 そしてそんな平沢を、焚き火が赤々と照らし出していた。
 焚き火が三人の影を橋脚に長く照らし出す。
 彼らの食事は、今しばらく続いたのである。